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長らくこのブログをご覧いただきありがとうございました。
誠に勝手ながら、これにて終了とさせていただきます。
半年以上ぶりの更新になってしまいました。
なんだか、10年分くらいに相当するような、密度が濃い~い半年間でした。 なんていうか、精神状態……というか、自分の世界観とか価値観みたいなものが根本的に変わってしまいすぎて、何がどう変わったとかいちいち挙げきれない。 これまでの投稿をしていたのと同じ人間だとは自分でも思えないくらい、まるっきり別人のように生まれ変わった感じです。 ただ1つ、根本的にこれまでの自分と何がどう違うかをあえて言うなら、 「今に在る」 ことができることになったというか。 これまでは、過去や未来のことに気を奪われていて、かつ、今は手に入らないもの、過去に経験していまさら変えようのないものにいちいち気分を苛まれたりしてました。 価値観の根源みたいなところに、 「今の自分は不十分で、満たされていない。何かもっと他に必要なものがあり、 それなしのままでは自分はダメである。かつ、それを手に入れるだけでもダメで、 手に入れた後の自分を他人や社会から賞賛され評価されなければ意味がない」 という、「現在の自己否定+他人軸で自分を判断する考え方」があったんです。 だからこそ、プロとしての音楽家だの作家だのといったカタガキ、実績が欲しくて血眼になっていた。で、それが手に入っていない現状を肯定できず、「不幸だ」と自分で自分に不本意なレッテルを貼るしかなかった。 でもさ、それってほんっと、ナンセンスだって気づいた。 自分は、何を持ってるかとか持ってないかとか、どんな職業であるかとか、どんな過去があるかとかに関係なく、いまの自分がいまの自分にとってベストなんだ、と思えるようになりました。 そして、自分の人生を最高のものにするためのものはすべて、最初から自分の手の内にあり、すべて揃っていて何一つ足りないものはないとも。 こう普通にシレッと言えるようになるには、相当な時間がかかりました。 悟ったような気がしてうかれては、不本意な出来事に傷ついて自分のヨミの甘さを嘆き、目指す方向性に自信を失ったりの繰り返し。 でもそれもようやく、ほんっとーに、悟ったというか、しっくりわかった感じです。 あんまり長々と説明してうまく言える自信がないので、とりあえずおすすめの本を紹介しておこうっと。 クォンタム・サクセス―運命を創造する波動の法則 ようするに、思考が現実を創るってどういうことかの仕組みがようやっと呑み込めたわけです。 今、ベストな状態だとこの瞬間に満足してもっとも心地よく、何一つ自分を疑うことなく一瞬一瞬を生きれば、自然~と夢は叶うし、望んだ現実はあらわれてきてくれるんですね。 (今思えばの話ですが)こんなカンタンなこと、ちゃんと理解するのに30年もかかってしまった。 いや、30年で理解できてまだまだ膨大な時間が自分の人生には待っていることを感謝すべきかな。 なんかおめでたくて余裕しゃくしゃくな日記ですが、実際いまの自分はそういう感じで生きてます。 それにしてもほんと、このブログを書き始めたころの自分には想像もできないくらい、変われた。 もちろん、すげえいいほうに。ありとあらゆるものに感謝感激なんとかかんとかです!!(←ユルい)
に、行ってきました@雅楽のコンサートに向けた強化合宿。
楽団に新規加入したばかりの俺にとって、普段はパートごとにバラバラに練習・活動をしているうちの楽団員たち全員と会うのは初めて!! 打ち解けられるかどうか最初は懸念してたけど、自分と同年代の人も多く、みんな素直で性格のよい人たちばかりで安心した。 というか、プロの楽団で、団員全員がいい人である確率なんてほぼゼロだと思っていたので、自分が遭遇した奇跡に感謝としかいいようがない。 (うちの楽団は、音楽のセンスや技能レベルもさることながら、人間性や性格、スピリチュアルなエネルギーに至るまで、団長が直感で審査してそれにパスした人しか入れないからだと思う) 宿坊に着いてからはひたすら練習・練習・練習!! やる気と根性論の先走った学生の音楽部活動とかと違って、プロの練習ってある意味、冷静。雅楽というジャンルのせいもあるのかもしれないけど、黙々と団長の指示やダメ出しに従って、各々が弱点を克服しつつ音を合わせていきます。怒声や罵声、団員側の弱音や泣き言はゼロ。 とにかく、根性とか熱意とかに依存せずに、演奏の質を高めて楽団員全員の方向性を統一することに専念していきました。 理不尽な怒られ方をする心配はありませんが、やはりプロなのでダメ出しや演奏に要求されるレベルは相当なもの。怒鳴られたりするよりも、ずっとシビアだったかもしれません。 でもこの厳しさ、個人的にはかなり心地よかったです。 なにしろ俺はこれまで、主婦がヒマつぶしに通う音楽教室とかで、上を目指すでもなくただダラダラと現実逃避のために時間を浪費するような人たちとしか知り合えてなかったから。 ようやく本気で音楽に打ち込んでも笑われない、お互いにどこまでも素直に真面目に音楽を追究できる人たちと知り合えた、と心からの安堵をおぼえました……。 今度のコンサートでは、当代随一の笙(しょう)演奏家の方を特別ゲストに招くのですが、その方(ここでは名前を伏せます)の演奏の素晴らしさったらなかった!! 明らかに常人の出せる音ではなくて、ヒーリング効果というか、かなり高い次元の波動を音に乗せて吹いておられたのです。 これは何かある!と思ってあとでお話を伺うと、やはりプロのヒーラーとしての顔もお持ちの方でした。瞑想の習慣なども欠かさず、常に自分を浄化して波動を高める生活を実践されているとのこと。やっぱりね……。 俺がヒーラーの修行もしていると打ち明けると、特別にクリスタルボウルヒーリングの実演を見せてくださることになりました。 この方のクリスタルボウルヒーリングはやっぱりタダ者ではなかった!!!!!!!!!! 遠方からこの方のクリスタルボウルヒーリングを受けに来る人も後を絶たないそうで、この方のヒーラーとしての底なしの実力を思い知らされた次第です。 ちなみにこの方、大学は音大ではなく、都内の某私立文系大学卒とのことでした。 優れた演奏家が非・音大卒っていうのを知ると、やっぱり励まされますね。 実は楽団員たちの学歴を見ても、音大を出た人というのは1人しかおらず、あとはみんなフツーの大学(←っていう言い方もすごいが)卒とか、大学出てない人とかでした。 なんかこれで、本格的に俺のなかの「音大出てないコンプレックス」が払拭された感じです。 演奏家なんだもん、演奏がうまけりゃ学歴なんか関係ないよね!! ○まとめ○ 今回の合宿では、コンサートに向けての演奏の自信がついたのはもちろんのこと、自分がプロの音楽家なんだという自負と自信、音大出てないコンプレックスの消滅、ヒーラー修行へのモチベーションがさらにアップ……と、さまざまな発見と気づきがありました。 これまでの俺は、世間一般で言われてる固定観念(音楽のプロになるには音大出なきゃ、とか)に囚われて自分で自分の可能性を制限して身動きとれずに苦しんでる状態だった。 でもようやく、それがナンセンスだってわかった。 誰がなんといおうと、俺は俺の好きなようにこの人生を楽しみ尽くす権利があるんだ、って思えました。 なんだか30年生きて、ようやくちゃんとこの世に生まれることができたみたい。 何もかもに感謝です。これから俺の人生をもっともっと素晴らしい喜びに溢れたものにしていくぜ!!!
俺の演技の師匠である大御所声優Iさん(女性)が仰ったおコトバ。
「使い捨てられる声優が大勢いるなかで、どうして私がいまだに現役で居続けられると思う? 自分にお金かけてるからよ! 自分に投資し続けることをやめなかった。たまに1日、休みがあったりするとそこに集中してレッスンを入れるの。ジャズダンスにタップに日本舞踊……。1日5レッスンこなすなんて珍しくなかったわよ」 おー、成功した人が言うと説得力が違うぜ。。。 今の俺は投資過多というか、収支でいえばマイナスでリターンを得ていない状態。ときには自分に投資することに対する疑問も沸いてきます。そこで弱気になってたところへのアドバイスとして上記のコメントをいただいたのでした。 ポイントはたぶん、「この投資をどう活かしたいのか?」を意識することだろうなー。 お金払っただけで投資完了、みたいになっちゃダメなんだろうな。払ったからには、必ずリターンを得てやる!というつもりで努力できないなら投資の意味はないってことか。 いや、損得勘定なんかに気をとられないで、とにかく芸を磨くためならなんでもする!という気持ちで突っ走ったってことなんだろう。 なんにせよ、あんまり頭でっかちにクヨクヨ計算して金とか時間とか労力をケチるのが一番よくないみたいですね。ケチらず出せば出すほど、巡り巡ってそれが自分に返ってくる。 だから何も心配しないでコツコツと投資していけばいいんだな。いえーい。
トントン拍子で決まりました。
今年の秋に開催される、某・国際音楽祭で初舞台を飾ります! 自分が担当する楽器は「羯鼓(かっこ)」という打楽器なのですが、実際は指揮者(羯鼓の音に合わせて全員がテンポをとる)という位置づけになります。 昨日はじめて羯鼓を触り、本番で演奏する曲をざっとさらったのですが、幸いにも師匠からは 「世界を相手に演奏しても恥ずかしくない水準に到達できている」 とお褒めの言葉をいただけました。 龍笛のほうも地道にレッスン継続。 前回のレッスンで音が出ない初心者のフリをしていたことは師匠からすればお見通しだったようで、 「いいから実力出しちゃいなさいよ」 と言われたので余計な遠慮はスパッと忘れて演奏。 越天楽という有名な曲をさらったのですが、 「そのへんのプロよりはるかにうまい」 と、笛のほうでもお墨付をいただけました。 最初からこの路線で演ってりゃよかったんだね……。 そんなわけで頑張りマウス。チュチュー!! P.S この日記は自慢したくて書いたわけじゃないです。 「誰にでも、世界の誰よりもうまくできる才能を必ず持っている。 それに自分が気づいて実践すれば、何の苦労もなく一瞬で夢が叶い、自他ともにみんなを幸せにすることができる」 というのは本当なんだなってことが言いたかったの。 俺は、幼少期にいろいろあったせいで、自分のルーツを否定することに躍起になってたようなところがある。 ほんとは自分が一番何を得意とするか気づいてたクセに、わざと気づかないフリをして、別の目標をたてて、それに向かって過剰な努力をして傷ついて、それでもうまくいかなくて。 わざとそういう状況を作り出して、自虐的になってた。 でもそれももう一通りやり尽くしたから、本分に帰ろう、みたいな心境になったんだと思う。 ヤンキーが更生して急にマトモな社会人になっちゃうのに似てるかも。 なんにせよ、「得意」で、「好き」なことを見つけて、それを実現させてくれる「場」と「応援してくれる人」にめぐり会い、自分の気持ちに素直に無心に楽しく努力すれば人生は必ずうまくいくんだなと感じました。
日曜の夜にたまたま中野駅前のサイゼリヤに入ったら、20代後半~30代前半くらいの男性6人がテーブルの一角で楽しげに話しているのが見えた。
美容師見習いの人によくあるキレイ系男子もいれば、織田無道みたいにいかつい坊主もいて、単純にナヨナヨとしてキモい感じの人(←失礼!)もいた。 でもみんな楽しそうにしてていいなあと思った。 なんだか妙に華やかな雰囲気だったので自分が着席してからもそのテーブルに注意がいってしまったのだけれど、よく見ると口調や仕草がおすぎとピーコ、もしくはKABA.ちゃん、カーリー(假屋崎省吾)、とかそのへんの路線だった。この6人、みんなゲイなのか? 中野にゲイが多いという噂はどっかでちらっと聞いた気がするけど、こんなにゲイ丸出しにしてる人たちを実際に見たのは初めて。 思わず興味本位で耳ダンボにして会話の内容を探ってしまう。 「それがね、洗顔終わって顔上げた瞬間にピキーン!って突っ張るわけよ、お肌が。ほーんと、もう若くないんだわーなんて思うと悲しくて」 「○○ちゃんと△△ちゃん、別れたの知ってる?そうよー。同棲してんのに○○ちゃんのほうが男連れ込んだんだって、△△ちゃんの出張中に。バカよねー。連れ込んだ男がよそで○○ちゃんとヤったってバラしちゃったもんだから△△ちゃんの耳にも入っちゃったみたいなの。怖いわねー、この業界狭くて」 オバサンの井戸端会議そのものやんけーーーーーーーー!!! 自分からすると、発言内容の大袈裟さとか、口調や仕草のわざとらしさ加減とかが逐一、なんだか下手な芝居を見てるような気になってきて、到底彼ら(彼女ら?)が素で喋ってるようには思えない。今もどこかでテレビ番組か何かの収録に向けたビデオカメラが回っていて、ディレクターが「お疲れ様でした!」って言ったら男言葉で話しはじめそうに感じる。 でも、彼らは普段からああなんだろうな。……疲れないのかな? 同性愛者というと、そのこと自体が異常だとか変わっているということにフォーカスが当たりがちのような気がするけど、自分はそれ以上に、性愛以外の、普段の様子や行動パターンの風変わりな感じに目が行く。 男からすれば肌の手入れとか部屋の掃除とか、そういうのは面倒なだけのような気がするけど彼らはそれに命をかけてるんだろう。それって、単純に同性にモテたいというだけの動機じゃできない気がする。だって、女にモテたいストレートな男は、そのために命かけてせっせと自分を磨くってこと、あまりしないじゃない? 男にモテたい女だって、彼らほど徹底的に自分磨きをしている人はどれだけいるのか疑問だ。 少数派と呼ばれるからこそ、ナメられてたまるもんかという健全なプライドがあるんだろうか。 なんにしても、俺には彼らの楽しげなその様子が(多少、奇異には感じたものの)すごくすがすがしく映った。 いろんな人がいろんなところでいろんなことをしている世界って素敵だと思う。 みんなが同じことをしている世界に近づけば近づくほど味気なくなっちゃう。 同性愛だけじゃなく、もっといろんな人種の人、もっといろんな嗜好・志向・思考を持つ人たちがゴチャゴチャして、でもなぜだかうまく世の中が回ってる。そういうふうにもっともっと日本もなっていけば面白いと思う。 彼らを見ていて、そんなことを感じた。
しました。都内某高級伝統的結婚式場で演出アシスタントとしてバイトを始めたのさ。
スモーク焚いたり風船飛ばしたりシャボン玉吹いたりシャンパンタワー組んだり、あの手この手で結婚式を演出する下っ端として働いてます。 研修中なので時給は800円(普段の仕事の1/20以下!)。 しかも職場はサービス業界にありがちな超・体育会系。 上下関係キビシい&怒声あびせられるのが日常茶飯事ッス。 もともと俺、結婚式の配膳やっててさ、単純に懐かしかったの。 あの戦場みたいな状況の中で立ち回ってた頃が恋しくなって。 で、これ以上、配膳人(=ウェイター)続けるよりは、ちょっと視点を変えてブライダルに関わってみようかな、なんて思ってさ。 そしたらたまたま「ブライダル業界の音響・演出」を手がける会社のバイト募集を見つけて、直感で応募したら採用されたというわけ。 今は毎日どんどん新しい仕事を覚えていけるので楽しくて仕方がないです。肉体的にもそこそこ(以上に)キツいから痩せるかもしれないし。。。 ただ、土日にこのバイトをレギュラーで入れてしまったので、週休0日の生活に突入してることにあとから気づいて苦笑い。 どんだけ働くのが好きなんでしょう。もはや病気です。 フフッ(←キモい)。
「段取り芝居はよくない」
って言われますよね。 決められたとおりに動いたり喋ったりするだけで、ぜんぜん生き物としてのリアル感がない、見ても感動しないという悪例。 ビジネスでもそれってありませんか?というのがこの日記の趣旨。 まあ、最初のうち型にとことんハマってみるのは大事だと思うんですよ。 「守→破→離」って世阿弥も言ってるとおり。 画家も、最初から抽象画に走らず、まずはみっちりデッサン、でしょ。 新人のうちは、むしろヘンな個性を出さないほうがいいと思う、役者もビジネスパーソンも。 しかも、それで出せてると思い込んでる「個性」って個性でもなんでもないアクだったりするし。 でもさ、ある程度できるようになったら「破」と「離」に向かってもバチは当たらないと思うんですが。 たとえば、紋切り型の一方通行プレゼン営業マン。 口調だけはペラペラすらすらとよどみなく動くけれど、聞き手がどう感じているかにぜんぜん配慮できてない。いつまでも「守」。アドリブに弱く、想定外のことが起きるとガタガタになっちゃう。独自の答えを期待した質問にも、ありきたりな一般論で返してきちゃったり。 (しかも、答えを聞いた側は内心がっかりしてるのに、肝心の営業マンは『ちゃんと回答できてスゲエだろ』みたいな自信満々の表情だったりすると最悪) マーケティングとかコンサルタントもそう。 いろんなフレームワークという「型」があるのはわかる。それに基づいてない意見なんてプロの職業人としての意見じゃない。そこは賛同する。 でもだからって、あまりにも型どおりで実用的でない机上の空論にしか聞こえない提案、データとしては正しくてもなぜか信じる気になれない「人としての熱」に欠ける解決案。それで意気揚々と「どうだい、俺って仕事ができるだろ」面すんのって情けなくなりませんか? ヒューマンじゃないよなぁ。人間味がない。 人間味だけだとサラリーマンの飲み屋での傷舐めあい話になるからヤだけど、プロフェッショナルな技能・知識をちゃんと兼ね備えたら、最後は人間味でコーティングしてくれよ。 正しいだけの型にはまった意見そのものは、歯車やらネジやらが丸見えの機械をドンと目の前に置かれたような違和感があるよ。実際、そんな機械、使う気にならないでしょ? 「ちゃんと動きますよ」 って言われたって。(そして本当に動くとしても、ね?) やっぱさ、筐体でパッケージングして、潤滑油を点して提供しようよ。 パッケージ代をケチるコスト削減意識があるとすればそれ、あなたが思ってる以上に根が深い問題だと思うんですが。 (まぁ、俺自身も自戒しなきゃいけないことだけどね!)
そんな構想が……。
IT技術者って勤務地を問わない&デジタルストレス多いから、東京以外に集約するって十分アリだし有効かもね。 都心で生活するよりは緑に囲まれて暮らせるだろうから、心身の健康状態にも良い影響を及ぼす気がする。おそらく時間の流れる速さも東京よりゆっくり感じられるハズだし。 ……って、宮崎がどのくらいの都会度か知らないんですが。意外と東京と変わらないくらい都市化してたらごめんなさい。
すっごい面白かった!!!
○映画「相棒」公式サイト○ ストーリーとか演出も素晴らしいけど、出てる役者さんたちのレベルが みんなすっごい高いの。特に男性陣は超一流の役者ばっかり! なかでも西田敏行には圧倒された。演技レベル、高すぎです……。 「踊る大走査線」シリーズ(の映画)が好きな人ならぜったいハマれるはず。 おすすめです。
突然ですが、いろいろ思うところあって、今はもう誰かを霊視するということをしていません。
かつては、その人の守護霊と話してそのメッセージを伝えるというテレビタレント霊能者がよくやる王道ベタベタな能力を使って霊視をしてた時期もあります。 そのあと、アカシックレコードが読めるようになってからは、もっぱらアカシックリーディングに没頭した時期もありました。 でも、どれもこれも余計なことだと思うようになってしまって。 やらなくても支障がない、やったところでキリがないならやめよう。 それっきり、いわゆる「霊能」を使うのはやめてました。 でもようやく、「これだったらアリかも」と思える能力を発見。 それがタイトルにある「他人のハイヤーセルフと話す」ことです。 霊視などに比べてなぜ他人のハイヤーセルフと話すことが良いと思えたかというと、 「その人自身の考えをフィードバックしてるから」 です。その意味ではコーチング理論にも則ってるんですね。 実際、霊視などに比べると、誰かのハイヤーセルフと話してそのメッセージを本人に伝えたときは、反応がぜんぜん違います。 「そうか、そうだったのか!!」 と、驚くほどすんなりメッセージの内容を納得してくれる。 しかも一度のセッションで伝えたメッセージが、その人のその後の行動にずっと影響し続ける確率が高いように感じます。 よく、霊視や占いをしてもすぐにまたセッションを依頼してくる、依存度の高い人がいますよね。 そういう人でさえも、自分のハイヤーセルフからのメッセージを一度受け取ると、何かを悟ったように顔つきが変わり、それ以降は霊視や占いに頼ることなく生きていけるようになることが多い。 やっぱり人間は、他人からいくら何を言われてもダメで、自分自身が心の奥底ですでに出している答えに気づき、それが正しいと確信を持ったときにだけ、その人にとってベストな形で変化・成長できるものなのかもな、と感じます。 もちろんこの能力も、有効だからといって濫用は禁物。 相手が望んでもいないのにベラベラ教えるような野暮はさすがにしません。いい加減な気持ちで頼まれてもしないだろうし、仮に本気であってもその動機が本人の弱気や甘えに基づいていたら応じるかどうか慎重になります。 いろんな(霊)能力を持った人がいるなか、なぜかこの「他人のハイヤーセルフと話せる」能力を持った人は聞いたことがないので、俺がその能力者としての作法、礎を築くくらいの気概を持って生きていこうと思います。 嗚呼、いつにも増して変な日記。
仕事中や飲み屋で会話してるときに特に感じるけど、タバコ吸ってる人ってやっぱりどこか発言内容がおかしい。
過度に悲観的だったり自虐的だったり、全体的にギスギスしてる。 健全さに対する反抗心みたいなのも強い。まっとうな感じ、真面目な感じに接するとムキになって小馬鹿にしたり、世の中がわかってないみたいなことを言う。そういう人のわかってる「世の中」がどんなものか&どこまで正しいものなのかわかりませんが。 そういう人はよく、「必要悪」という概念を口にする。言わないまでも、思ってたりする。 でも、必要な悪って何?わざわざ意識的に生じさせる悪の必要性ってどこにあるの? どんなに気をつけていてもうっかり魔がさしたり、いろんな偶然が重なって悪いことが起こったりするだけじゃ足りないってこと?充分でしょうよ、そういうのだけで。 やっぱりタバコ吸うとすごく人っておかしくなっちゃうんじゃないのか。 酒を飲んだ人がおかしくなるのと同じくらい、普通じゃなくなる変化が起きてるんじゃないのか。 酒と違って、顔が赤くなったり千鳥足になったり呂律が回らなくなったりしないからわかりにくいだけで、実はものすごくよくない変化が現れているんじゃないか? もし可能なら見てみたいな。ずっとタバコを吸っていて、自分が出会ったときからずっと感じ悪い人が、もしタバコを吸わずにこれまで生きてきたらどんな人になっているか。 少なくとも、「今やめる」って選択肢はあるんだけど。その選択肢を選ぶことは充分、可能なんだけど。 健康のためだなんていわないから。 「あなたが仕事中に使えない人間である状態でいることをやめるために」 タバコやめてくれませんか。傲慢か知ら? 家に帰ってきたら産まれてました。元気にミャーミャー鳴いてお乳を飲んでます。 母親もばっちり育児してるようなので、このまますくすく育ってほしいものです。 ![]() 風水では、財布はいわば、冷蔵庫の脱臭剤みたいな役目を果たすと捉えられているそうです。 天下を巡るうちにお金にこびりついていった人の欲望を、すっきり吸い取って浄化してくれる、と。 多くの欲を浄化してどんどん財布は疲れていくので、見た目はまだまだ丈夫でも、財布としての運気の寿命は3年と言われています。 気に入った財布をたった3年で捨てるのはちょっと忍びない……と思って、前回買った財布を5年くらい使い続けてしまいましたが、なんとなくやっぱりこの財布だともうダメみたい。 銀行から降ろしたら降ろした分だけ出て行ってしまう。なんか、お金キープ力が失せたっぽい。 で、思い切って買ったというわけ。 財布は、最初の9日間の扱われ方で性格が決まるとも言われています。 だからその期間は「初期設定期間」として、特別なケアが必要になります。 この考えは、風水師の李家幽竹さんが著書で紹介して日本でも有名になりました。 金運を呼び込む財布にするには、 ・カード類は6枚入れる ・普段、いつも財布に入れてる金額より多め(2~3倍程度)の金額を入れて覚えさせる (ただし無理すると、その『持ち主が無理してる感』を覚えてしまうので見栄は張らない) ・金貨を入れる といいそうです。 とはいっても金貨を入れるってのはちょっと現実的じゃないかもね。 また、カード類は火のエレメントを持ち、お札を燃やすことから初期設定時には入れないほうがいいという説もあります。 あまり細かく考えずに、自分の金運が今より上向いたらどんな使い方をするのが理想的か、をイメージしてそれに近い使い方をしていけばいいのではないでしょうか。 とりあえず今日からやってみます。 P.S この財布を買ったのは銀座のカルティエだったのですが、決済処理を待つ間にサーブされたアイスティーが、ほっぺたが落ちるほどおいしかった!!! あのアイスティー飲みたさに何度も足を運んでしまいそうです、嗚呼。
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